一つになる
真ん丸なところから一は生じ、真ん丸なところに一は戻ります。
人の始まりは一呼吸から起こります。
赤ちゃんは生まれたとき、うぶ声をあげます。
生まれた!という声は呼吸へと続き、人生が始まります。
一口吸盡西江水という言葉があります。
これは、中国の龐居士が、ある時、馬祖禅師に参禅して「万法と侶たらざる者、これ何人ぞ」と馬祖禅師に問いかけました。
つまり、悟りを啓き、この世の万法を超越した絶対者とはどのような者をいうのかと聞いたのです。
その問いに馬祖禅師は「汝が一口に西江の水を吸尽せんを待ってすなわち汝に言わん」と龐居士に答えました。
お主がもし西江の水を一口に飲み尽くすことができたら、それを教えてやろうと言ったのです。
例えば、琵琶湖の水をすべて一口で飲んで来い。といわれたら無理な話です。
しかし、馬祖禅師はそれがお前にできるのか。と求めます。
話が少々変わりますが、子供たちとの稽古の時、小学一年生の女の子が床の間の「一口吸盡西江水」と書かれた掛物をジィーと見ておりました。
そこに私も歩み寄り、一緒に床の前でお話をしました。
一緒に掛物を拝見しながら「一という字はどんな漢字だったかなぁ」と私は女の子に聞きました。
すると「あっ!あっ!あのね、あのね、こう書くの」と小さな手で「一」という字を空中と畳に書きながらニコニコと私に教えてくれました。
「教えてくれてありがとう。こう書くんだね」と私も空中と畳に「一」の字を書きました。
それを見ていた女の子が「うん!うん!こう書くの!」と言いながら一緒にニコニコと「一」の字を書いていました。
私は「うーん。二つ目の口ってどんな字だったかな。教えてください」と続いて女の子に聞きました。
女の子のニコニコとしていたお顔がさらにパァと明るくなり「こうかな、あれ?あっ!こうだ!」と言いながら、さっきと同じように空中と畳に「口」の字を書いてくれました。
私も女の子と同じように「口」の字を書きながら「あぁこうかぁ。教えてくれてありがとうございます」と女の子にいうと照れくさそうに「あ、あっ!ありがとうございます」と返してくれました。
そこで、もう一つ尋ねました。
「一口吸盡西江水、とは何のことだろう。この掛物は一口で琵琶湖や洞爺湖のような、水がたくさんあるところの、水を吸い尽くせ。といっているの」
すると、女の子は「うーん」と考え始めました。
しばらくお互い沈黙です。
私は女の子に「お茶を飲んだ時、お茶碗の中に池があったと思うの。その池が琵琶湖や洞爺湖と思えばどうだろう。そして、お茶を飲み切る最後の時、ススっ!と音を出して吸い尽くす。さっき教えてくれた「一口」「一口」でね。お茶を吸い尽くした時、お茶が自分の身体を通るのを感じた?」と問いかけました。
女の子は「あ!そうかぁ!感じた!お茶がススってきたの!」と言いました。
私は自分の胸とお腹のあたりに手を当てて「お茶があるね。生きているね」と女の子に言いました。
女の子も自分の身体に手を当てながら「うん!生きている」といって稽古が始まりました。
「一口吸盡西江水」とは吸い尽くすことが、可能か不可能かの世界の話ではありません。
そして、無分別、分別の世界や是非の世界のことではなく、生きていることの実感や人生を真の意味において生き尽くすことの尊さ、それらの境涯に触れたとき、自分の一呼吸が世界と一体となり、この世の法を知らず知らずのうちに吸い尽くしているのです。それが、お前にできるのか。と馬祖禅師は覚悟を問うているのではないでしょうか。
茶味は禅味と同じたるところ。と表現される言葉があります。
茶味を知るということは禅味をしるということにもつながるのではないでしょうか。
禅味を茶味に生かす。茶味の中に禅味が生きている。
禅味とは悟りという陳腐な言葉だけの世界で表現されるものではなく、本来は人としての「人間味」をあらわすものです。
悟りを啓いたとしても、ただ神々しいばかりで人間味がなく冷たくては、何にもなりません。
その悟りをもってして、何を自分が成すのか。それが肝心なのであります。
また、人として温かいことを「人間味がある」といいます。
お茶の大切な心とは、人としての温かさをもって、相手をおもてなしする。そこにうらもありません。
それが、温かいお茶があるということ、美味しいお茶をするということなのではないでしょうか。
美味しいお茶の世界があるということなのではないでしょうか。
人間味が美しい時、お茶は美味となるのではないかと私は思います。
私がこの世に願うのは「みんなが温かい心で生きられる平和な世の中であってほしい」ということです。
そして「一人ひとりが自分らしく生きること、あるがままの人生を生き尽くせること」。
そんな温かい世の中であってほしい。
未来の子供たちのためにも。
今を生きようと必死な人のためにも。
日頃よりお支えしてくださる貴方様に。合掌。