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茶道教育の始まり「茶道に向けられた教育的期待と役割」

学校茶道って言葉をよく聞くけど、いつ頃から始まったのかな。

学校で茶道部に入っているけど自分たちは何故茶道を稽古しているのだろうか。

入学日が近づいているなぁ。部活はどうしようかな。

卒業した子供たちに刻々と入学する日が近づいているこの頃であります。これから始まる学校生活にワクワクする気持ち、不安な気持ちなど色々とあると思います。

部活選択の一つに見かける茶道部若しくは茶華部などは一体いつごろから始まったものなのかお伝えできれば幸いです。

明治の始まりにともない、幕府や藩からの支援を失った当時の文化・芸術の突然の保護者の喪失により、伝統文化の存続が危ぶまれました。茶道も例外ではなくその憂いを受けた時代であります。その衰退期において茶道教育の日の出が生まれました。

茶道を用いた教育といえば明治期において東京の跡見学校で茶道を取り入れていた教育者の跡見花蹊が有名ではありますが、最初の始まりは江戸時代に巡ります。

茶の湯教育の始まりと受け継がれる茶道教育「礼儀」

茶道(茶の湯)を用いた教育の最初の始まりは江戸時代で各地に存在した寺子屋からであります。読み書き、そろばんを教えていた寺子屋でありますが、その教育内容において「礼儀教育」を目的とした茶道の導入は当時の茶道文化の衰退の助けになったと言われています。お茶のもつ礼儀的な側面が寺子屋教育においても生かし、役立つことを考えていたのだと思われます。

時同じくして大阪で私塾「跡見塾」を営んでいた跡見花蹊は幕末の頃から茶道教育を礼儀を教える一環として導入していたとされています。花蹊は「お茶を稽古した人は、第一に自分の座るべきところを知っている。ここは通り道であるとか、出入りの邪魔になるとかいうことを考えて適当な場所に座る」と述べています。

江戸時代の終わりころには全国で一万五千以上の寺子屋があったとされています。その寺子屋での茶道教育が学校教育へと受け継がれるにいたります。

そして、明治時代での学校教育においても茶道が取り入れられていたのも、かつての私塾・寺子屋での礼儀教育の成果が期待され、反映されたのだと思われます。

また、跡見花蹊は1870年東京に移り、私塾を開き、1875年には80人ほどの華族の姫が入学する「跡見学校」を開校します。ここでも父の指導の下、茶道教育をしていました。跡見花蹊はのちにおいて「此節は女学校でも作法の稽古をするが、私は作法の稽古よりは、お茶のほうが良いと思う」また、続き「此の心得(茶道)のない人だと、こちらへと言われても、ここで結構でございます。と座敷の入口に座り込んで、本当にコロコロするように座り、一寸突いても転げるような格好をする」(跡見学校50年史)で述べています。

跡見学校に少し遅れる形で1877年に「学習院」が設立され、のちに女子部が分離して「女子学習院」に改組されます。ここでは「茶道 要旨」とした「茶道の大意を知らしむ、礼儀を慣れしむ、趣味を養う」(女子学習院50年史)に書いております。

明治においても寺子屋での礼儀教育を目的とした茶道の系譜は近代的な学校教育にも取り入れられ、実践されていたことがわかります。明治から始まった学校での茶道教育はその後も広まりを見せ、形を少しづつ変化しつつ部活になっていきます。

以上のことからも分かるように跡見花蹊により取り入れられた学校での茶道教育は花蹊が述べていたように礼儀的な側面に期待、注目したゆえでございます。しかし、茶道の礼儀は一側面であり、加えて文化的背景や側面土壌、精神を養うことも忘れずに稽古に励まなければならないでしょう。

女性の茶道への憧れ 男女を分けず

主に女子教育としての役割が期待され、導入された茶道でありますが、女性がお茶を嗜むように増えていった時代はちょうど寺子屋と同時期、江戸時代であります。茶道を嗜む女性の多くの出自は上流階級の武家や豪商の家族であったようです。自分の父親当主・周りの男性が茶道をしていた姿に影響され、始めた女性が多かったとされています。現在知られている茶会の記録では、女性は客になる場合がほとんどで、亭主を務めることはまれであったようでございます。それでも、1721年大阪の茶匠であった大口樵翁は女性のための茶書「刀自袂」を執筆します。著した動機として樵翁は「婦人の茶事の知るべきことを書いたもので、茶道の奥を極めるきっかけになればいいと思う。茶道を志すことには男女の違いはない」としています。この著書を跡見花蹊は知っていた可能性は大いにありますね。

現在でも茶道は本来男性の文化であり、その手に戻すべきだ!とする論があります。しかしながら、樵翁も言っているように茶の湯を志すに性別は関係ありません。今の時代は男性でも女々しく、女性でも雄々しくあったりすることがあります。また、性別、外見的なものは自己と他己を分けて考える最初の動機づけとして、また自分の一種の帰属意識から発生する分別につながります。しかし、茶道の極致は「無賓主」とする考えもあるように、性別も本質的に無しとしなければ、性別を意識した茶の湯に陥る可能性があるのではないでしょうか。招いた客に対しての動きに男女の違いによって分けて扱う法はありません。多少の点前の違いや臨機応変な働きはあるとは思いますが。

また、外見により人を分けるなどあってはいけません。そして自分の性について悩んでいたり、自分の好きとする人に向ける恋愛対象・意識により悩み、苦しんでいる人も多くいる事実を忘れてはいけません。彼らにとりその安らげる場として茶道が先駆けとなることも私は願っております。

そして女性の発想から多くのお茶の概念が生まれていることも忘れてはいけません。例えば現在の足袋の原型となった要因に細川三斎の母親の姿があります。

以上よりおしまいとします。

どの部活に入部しようと思っている子供さんにお伝えしたいのは「ぜひ茶道を体験してみてください」ということであります。茶道の精神性、文化的側面から得られるもの、礼儀の習得は自分の人生において大いに茶道は助けとなるはずであります。

子供のためにお茶を教えてくれている先生方、本ブログ執筆の参考とさせていただいた谷端昭夫先生に。御礼合掌。

刻々終わり始まる茶 いついつ変幻 皆歴然 なまおかしかな見ゆる人

佐々木宗芯

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