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茶道の人間関係「権威主義のお話」

茶道始めてみたいけど、人間関係が複雑いうから入りづらいなぁ。

尊敬できる人も意地悪な人もともに茶道にはいるから怖い。

自分が偉い!自分の考えを押し付ける人がいる茶道は今や低俗だ!

上下関係は尊ぶべきである!年や歴こそ全て!教義は絶対!

茶道に対してのイメージをあらゆる方面から妄信する声は多く聞こえます。

また、茶道の人間関係に思い悩んでやめてしまう人、一人孤独に過ごす人が多いのも事実であります。

心理学者の岡本浩一さんは著書の中で「これまで出会った中で、心の底から敬愛と自然の親しみを感じる人には、茶道を通じて知り合った人が圧倒的に多い。ところが同時に、最も嫌な思いをさせられた相手も、じつは圧倒的に茶の湯を趣味とする人たちであった。」と語っています。

権威主義の発生と権威とは

茶道は言うまでもなく、権威を有する家元制度のもと成立しています。そのため茶道を学ぶということは、その権威を受け容れ、尊ぶことから始まります。しかし、権威を尊重する姿勢と権威主義に陥る姿勢とではその先の自己の人格形成において万里の隔たりが起きます。

では何故、権威主義に陥るようなことが起きるのか。それは社会心理学の権威主義の研究から読み取ることができます。権威主義の研究が盛んに行われだしたのは第二次世界大戦後であります。

そして権威とは集団とのイコール関係であります。

きっかけは第二次世界大戦中のドイツ国民が熱狂的に信奉したヒトラー信仰、極端な思想統制、ホロコーストの大量殺戮などを契機として起きました。当初ドイツ人の個性の一つと多くの研究者は考えていましたが、この権威への盲信傾向は権威主義の研究が進むにつれ他の民族も起こり得る可能性があることがわかりました。

また、個人の権威への盲信は別の個人に結び付き、集団化する個体となります。その結果生まれるのが群集心理化であります。群集化を果たした集合知は自己(個人)の判断を鈍らせ、良心の呵責を阻害します。集団での教義、集合知に基づき決定された事項は絶対正しいとする向きが個人の心中で発生します。それが一種の階層集団を生み、権威構造への絶対的な服従行為を生み出すのです。

政治学では権力を「他を従わせる力」と説きます。権威は「対象に自ら服従すること」となります。

権威主義者の特徴

アドルノの研究の内の一つ、教条主義傾向によれば「個人が何か一つの教義を受け容れる→結果盲信が起きる(教条主義者)→権威主義的人格の完成」

となります。権威主義的人格者が好む傾向として「はっきりとした集団関係から導き出される上下関係、自己の努力の成果が着実に他人に評価され、表に現れる活動」を好むとされています。この権威主義的人格者が好みやすい傾向に茶道があります。

茶道は日本に長らく受け継がれた伝統教義に基づき、自分の努力に応じて目に見える形で技量は伸び、師弟関係や先輩後輩の明確な上下関係は自己の心地の良い帰属意識を発生させます。

先輩はたくさんものを知っており、当初さほどに感じなかった点前の粗さや間違いを後輩を見て気付き、自己の知識も技量も上がってきてより熱が入ります。そして時を経て集団の中でも自分が上位階層であるとする意志が芽生え、多くの後輩を従えることにより、自己の考えや教えが絶対的である。と結び付きやすい特殊な状況が発生いたします。

それらを自己客観視し、多く気付く時期にどの様な方向性を向くかにより人は変わります。真に人格のともなう素晴らしい者になるのか、権威主義に溺れ、鼻持ちならない傲慢な人格になってしまうのか。それは人次第であります。

茶道の言葉に「上を見て良き師なれば素直に教えを乞い、下には意地悪をせずに分け隔てなく教え導け」とあります。そして茶道とは自己超越のプロセスや他己を知る方便であります。そのために時や歴に溺れず、絶え間のない努力と究極的客観視が必要であります。

また、茶道は本来、非権威を貫かねければいけません。しかし、権威を捨てる意味でもありません。捨てる者は自己の中での自己権威を高め我慢が生まれ、散漫になります。権威に堕ち、自由になれない者は他と自分を教条のもと縛り付け、思いやる心を失くし、傲慢になります。

千利休の非権威性

利休は豊臣秀吉の権威に敬意持ちつつも、身は捧げませんでした。利休はどんどん強める秀吉の権威志向を慎むように間接的に伝え、多くの政策に反対の姿勢をもってぶつかりました。その結果、武士でもないはずの利休は切腹を言い渡されました。それでも受け入れ、最後には宝剣をなげ、切腹しました。秀吉を御諫めするために切腹を受け容れ、最後に言葉でさえ飾らない、詫びの意を秀吉に伝えたように感じます。秀吉が事あるごとに「利休がいたら」と話していたほどです。

利休亡き後、秀吉は後を追うように逝去されました。その後の豊臣家は言うまでもなく徳川家に滅ぼされました。跡継ぎの秀頼のために秀吉は天下の金銀を集め残しました。それを恐れた徳川家康に策略により奪われ、結果、滅んでいきました。秀吉は利休の意を汲み、民を思い、天下の民草に金銀を渡していたら豊臣家が今でも残っていたかもしれません。

岡本浩一先生は「真の茶の湯は、ここでいう権威主義とは訣別したところで成立していることに気づきたい。権威の受容と権威主義の克服の両立した人格が茶道の目指す人間像である。利休自身、豊臣秀吉の権威に屈せず朝鮮出兵の企てに死をも恐れず反対した良心の人であった」

権威主義者にならないためには

心理学の研究では非言語的情報(感覚や手探り、五感等の運用で)の処理、あいまい情報の処理能力、柔軟な思考能力が高い人は権威主義になりにくいことが判明しています。いかなるものにも客観視する思考が大切であります。頭の上にもう一つの目があるようにです。

俗に属する「権威」など飲み込み忘れなければいけません。権威の反対はどの言葉があるのでしょうか。「非権威」であります。非権威とは「他に自らの心捧げず、服従せず」であります。非権威さえも飲みこまなければいけませんが。

中国の詩人、蘇東坡は心の安らぎ、癒しを詩に残しました。「無一物中無尽蔵 花有り月有り楼台有り」と詠みました。

すべては自己の一物のみ、自分の腹見れば全て飲みこむ無尽蔵の心がある。そしてしがらみから離れみて、花が有る事を月が輝き導き、有る事を楼台が目の前に立ち有る事。を人は知るのだと思います。ここで人の温かさを、自然の温かさと恵を知るのです。

人は生まれた、そしたら死ぬまでです。その道すがらに構成する余計なものは飲みこむだけです。

心の中には確かにあるが、それらを盲信しないということです。自己も人もただの借り物でしか所詮ありません。世にあるものが束になって自分や相手を作っているだけです。

借り物からも解脱する時は必ず来ます。その時が来るまでに必要なのは自己の究明に励む姿勢です。

自己究明の方便「茶道」

真実の自己の究明に茶道という方便があるだけです。その茶道に権威も非権威も本来ないのです。もし茶道という道すがら俗人が現れたら、無に帰すだけであります。風吹き雲は流れるがままに、地球は回るようにであります。そして人も人ゆえに自己究明に励むのです。

生まれること、老いること、病にかかること、死ぬことは人の四苦といいます。人は生まれた時点で苦しいのです。その四苦から少しでも逃れ、緩和するために心の安らぐ場所を人は求めるのです。その心安らぐ場所が非俗空間の一つとして茶道空間があるのです。安らぐとは短絡な意味ではありません。安らぎは自己を知ってこそ訪れます。自己を知らずに動物的に快楽を求めてはいけません。

お茶人はそれを導けるように。一椀で安らぐ意が相手に伝わるように。です。

その場に俗な考えを持ち込むことは控えなければいけません。稽古の時間なれば一心に励む、梅は厳寒を経てこそ開くように自己を律し、自分に厳しさも伴わなければいけません。難しいのです。

多くの茶人の残した道は零から無尽蔵にあります。

多くの先人が道を残してくれたことに。自分が道を歩けることに。御礼合掌。

松に古今の色はなし 竹に上下の節があり

即に一物 無中有り これこれ無尽に是蔵人

佐々木宗芯

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