ブログ

茶扇の意味 茶道の持ち物

お茶扇子は茶道の必需品のように持ち歩くけどなんで?

扇子って涼をとるために用いるものだよね。お茶ではなんで自分の前に扇子を置くの。

結界と教えられたけど何か意識なく用いているな。

お茶扇子を他の場面で使うことはできないかな。

多くの方はお茶扇子を茶人が持っている姿を見たり、意味をご理解した上で茶扇をお使いの方が多いと思われます。

では、茶扇の意味とは何でしょうか。

茶扇と結界を辞典から先に引用します。

一 茶の湯の会で使用される扇子のこと。

二 茶席の扇は涼をとるための用いとして使われるのではなく、主として結界の役目を果たすもの。

三 公家の持つ笏と同義と考えられている。

とされています。

主な意味として含まれる結界とは

一 仏道修行に障害のないように、一定地域を聖域として定めること。寺院などの領域を定めること。

二 密教で、一定の修法の場所を限って印を結び、真言を唱えて護り浄めること。

三 寺院の内陣と外陣との境の柵

四 外陣中に僧俗の席を分かつために設けた柵

五 僧侶の修業のために一定の区域を定めたこと、またその区域

六 他人や魔障を近づけさせないもの

とあります。

界を結ぶ意味の通り、自分側の内界と相手側の外界と内外の分ける空間を作りだす行為でもあります。

結界の意味するところでは内が清く聖域、外を汚く俗域と見ます。

しかし、茶道においての意味では共に俗聖関係なく相手との隔たりを設け、もともと構成していた関係性を一度顧みて断ち、新たに相手の界や人を敬うためと言えます。和敬の敬にあたります。

心理学者の岡本浩一先生は扇子で結界を作る意味を日本人の「けじめ文化」から来たということをご著書で申しております。

和とは俗に染まらない本来の清い空間とも見て取れます。そこに人と人の真心からの礼と敬をもって、人が清いものになる意に解せます。そのため茶道では和敬のきっかけになる茶扇を用い、敬から清い関係を作り出していきます。

そのため意味を分かっていながらただの形として茶扇を用い、無意識な形作法とだけにとどめてしまうことはもったいないことであります。相手には心からの敬をもって、真心からの礼を尽くすことが、その後にも互いに敬い合う関係が築けるのです。

ただ教えられた無意識な形だけの礼しかできないことは、心に働きのないものと言わざるを得ません。

茶室から出た後もご亭主から別れたあとも敬うことは忘れてはいけません。内では良きに敬有る口頭を並べて、外でご亭主やその関係人を悪く言うことは茶扇の意味を崩壊させています。一度敬い合う関係を作った以上は持続しなくてはなりません。

また、ご亭主も同様であります。

敬は意識を相手に向けることから始まります。敬から生まれるのは清いものです。清いをともに育めない関係は長続きはしません。礼や敬を受けたら、お返しをする。極々当たり前なことに意味はあるのです。そこに自分の風を効かせ、立場や身分、年齢を盾にして、相手と自分を分けることは控えないといけませんね。敬いを受けたらお返しをする。それは頭を下げられたら頭を下げるという普通のことです。

結界も敬いも相殺されなければ一方通行で終わります。ただ風は切られたもので終いであります。

自分だけ扇で仰ぐことはなかれであります。

敬う関係を続ける秘訣は「忘れる」に限ります。良きに悪きも忘れる意味でもありますが、人は良き思い出より悪い記憶が残り続けると申します。良き記憶は元々忘れやすいのです。そのため相手にされた嫌なことや望まないことは自己の問題のはずなのに相手の問題やせいにしてしまいます。それを慎み一番に無きものにすると敬を崩壊させるような言葉や行動は生まれません。

悪い記憶は葬り去るのが良いです。残すと禍根の元になります。

忘れるためにお茶を点て、飲む。心の茶扇で常に礼を続けること。敬う気持ちを持ち続けること。それを自分にも相手にも絶え間なく行います。

また、相手の全てを受け入れるだけの心の広さや余裕も必要であります。

茶扇の意味を解したところで、海外で使ってみるなども良いですね。

ハグなどに代表される国はその行為をスキンシップや愛情表現、礼の一部として捉えています。そのため日本人が茶扇で礼をする姿を見たときに不思議なものに写り、インパクトが大きいはずであります。ただ頭を下げての礼だけではなく茶扇を使っての礼も時に取引先ですると印象が深きものになると思います。お茶を点てることが出来ればなお面白いですが。

立ったまま茶扇を親指と人差し指の間に挟み、合掌のように礼をするなどもできます。

その後、ハグなど求めて静から動にもたらせることも相手を敬うことに繋がります。郷に入っては郷に従えであります。新たな和が生まれそうです。

茶扇は茶人たるものは常に持ち歩くことが良きことであると思います。いつ何時でも茶扇を用いた礼が時と場により出来るように心がけておくことも必要であります。

いつなん時も敬われたら敬い返す。ありがとう言われたら「ありがとう」を言い返す。それが大切であります。そして礼とは良き面だけではなく、悪きこと、無礼な働きを行えばどこかで相殺されるものだと理解しなくてはなりません。言葉も行動も帰ってきます。無礼をする意図があるもの、企むものも同様に見透かされます。礼を誠の意味において会得しようと願うものは裏の意も自ずと気付いてしまうことがあります故。

多くのお茶人は存じている茶扇の意味でありますが、これから茶道稽古を始められる方や一般の方から不可思議に思われていた茶扇を用いた礼の意味が、以上のお話からお伝えできていたら幸いであります。

茶扇を用いた礼に実りあることを願い終いとします。御礼合掌。

因果の表裏 界結び 清い浄まる無垢心

佐々木宗芯

top