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知の三階層

世間一般で言われる知識や知恵とは何であろうか。

茶道の世界でよく使われる稽古とは何を示しているのか。

こんな疑問を私は幼少の頃もったことがあります。

世の中を賢く知るには知という概念を得る必要があります。16世紀から17世紀にかけて活躍したイングランドの哲学者フランシスコ・ベーコンは「知は力なり」と申し、実験観察によって真理を知り得る過程「帰納法」を生み出しました。

知は力なりを英語で表現するとknowledge is powerとなります。この表現は先の帰納法と通じるものがあり、意味を解すると「実験を通して知を蓄えることで、森羅万象を支配可能である」を暗示しているように感じます。この思考は西洋的な自然を恐れ支配されるのではなく、その自然を支配できるだけの力を持つべきだという起きる自然現象の解決のアルゴリズムの一種とも捉えられます。

では、日本でいわれる知とはなんでしょう。それは知とは世の法則を知り、正しく恐れ、人と自分を知り、調和をもって協同するための思考のプロセスと捉えることが可能であります。支配者、被支配者の概念を超えた和を貴ぶ精神は多くの宗教観や文化に生かされているように感じます。

では、私が幼少の頃に思いついた知の三階層についてお話します。

先ず一階層に存在ずるのは知識と経験知です。知識は書物や見聞きしたこと、実験などによって得られる知の集合体、経験知とは自分が経験したことや非科学含む一種信じられている民族慣習や伝統的思考の集合体。

二階層に存在しているのは知恵であります。先の階層にあった知識と経験知を融合し、その用い方や使用法が更に洗練した形です。多くは生きる知恵などと表現されるように自らが世の中を賢く見て生きるための手段であります。また、知恵は自らが経験したこと、学んだことを自分なりに融合して行動できる知の結晶であります。知恵とは元々世の中に存在した知の結晶体をみつける作業です。知恵ある者は生き残るということわざもありますように。

では三階層には何が存在するのか。それは叡智といわれる人の最終的に求める人の真理や世の真理であります。これを得るためには知識と経験知の融合した形の知恵をたくさん集め考えだし、知識を蓄え、多くを経験してこそ生み出されます。また、世にある修行や稽古なども叡智を究極的には求めるための手段であります。行と学共に必要であると説かれたりします。第三階層の叡智を得るには一階層を繰り返し、第二階層へ昇華させての繰り返しが必要であります。叡智とは世にもありながら、無いものであります。誰も気づかなかった一種の新たな概念です。それを唯一知るのは自分しかおりません。それを分かりやすい言葉で多くの人に伝えれるとよいですね。心は純粋無垢に。

茶道の世界では知の三階層をはじめ、自らを知り相手を知るための方便がたくさん集まっております。また、それらを会得することが出来るのは貴方しかおりません。日本の心が沢山ある茶の湯を稽古するということはきっとあなたの人生の幸ある一助になるはずです。しかしながら、この道はじめて三年かけるのではなく、師を探すのに三年かけろと表現されたりもしますので貴方を導く良き師に出会えますよう願っております。人に影響を及ぼすもの人しかおりませんから。

有有稽古、古鑑み、無無と続く。

佐々木宗芯

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