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生まれては消えていく心「今に務るということ」

ブログを休業明けに再開する予定でしたが、少し記します。

人の心は絶え間なく生まれては何処かに消えていきます。

それは人が今に生きている証でもあります。

昨日の我は今の我ではないのです。また、未来という不確定なものにも生きていない証明ともなります。

身体的な生まれも今があったから、死す時も今があるから。

心変わりも今を生きているから発生するのではないでしょうか。

人は不思議なものです。

昨日はあれほどに良心に溢れた人が今事のきっかけに自分を見失い、鬼に、悪魔にもなってしまう。

反対に普段は冷たいと思っていた人が今事のきっかけにして誰よりも率先して人助けに走る。

何が人をそう変えるのか。

不思議ですね。

大切な教えは

今の自分のあるべきようは。あるべきようわ。

昨今の世界の惨劇に心を寄せ、多くの人は有難くもこの世の多くの人の無事を祈り、願っています。

しかしながら、人は数の集合体ではなく、個として生きている存在であります。

一人が無事なら、みんなが無事であるということです。

故に私は世界の貴方一人の無事を願っています。

一刻も早い終息を願い。

そして輪とし結ばれる世界の終着点を祈り。

私はここにいるよ

今は無事かい? あぁ良かった。良かった。

清流滾々 今今是に無事

佐々木宗芯

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