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熱い心

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釜のたぎる音(動画)

現在では茶道という言葉が主流となり、古くからの言葉である茶の湯は廃れてしまっています。

では、茶の湯とは何のことを言うのでしょうか。

簡単に申し上げますと、茶の湯とは、お茶を点てる際の釜の湯のことです。

美味しいお茶を点てる心構え、茶の湯の大事として「釜の湯がよく沸いている」ことが大切であるとする伝えがあります。

なぜ、湯の沸きようが大事であるのか。

それは、美味しいお茶を点てるためという合理的な理由もありますが、それよりも湯の熱きが心の熱きを釜の湯を通して表しているといえるからではないでしょうか。

古人も「茶の湯たぎれ」と言っているように、釜の湯は熱くなければならないのです。

心も「たぎる」ような熱いものがなければならないのです。

私たち人は内にあるものが外へと現れ出るようになっています。

心の内が荒れていては、表情や行動、言葉も荒れて見えてしまいます。

心の内が調っていれば、すべてが美しく調っているのです。

心の内側に秘めているものが、自然と外に出てしまうように人はなっています。

このようにして、人の心の内と外とは表裏の一致のようにあるのです。

茶の湯で申し上げれば、熱い湯は熱い心を、ぬるい湯はぬるい心を表しているのです。

お茶はぬるいことを嫌います。

それ以上にお茶を志す者は心がぬるいことを常に戒めなければならないのです。

ぬるい心あるものはお茶を点てる資格がないといえるほど、ぬるいことを茶の湯は嫌います。

利休はそういう意味の「ぬるい」ということをとても嫌ったとされています。

また、自分がぬるく見られることもきらったとされています。

即中斎宗匠はぬるい心の反対の熱い心とは、ぴんと張りつめた心であるといいました。

そして、たぎる心とは、身心をあげて、人に物にぶつかっていくことであるともいいました。

茶の湯とは、人と人との魂のぶつかり合い、心と心の真剣な打ち合いといえるのではないでしょうか。

それくらいのたぎるような熱き心をもって茶の湯に向き合わなければならないと思うのです。

人と向き合っていかなければ成就せぬ道であるとも思うのです。

互いの心と心が合わさったところに本当の一期一会はあるのです。

心の熱きをもってもてなせば

茶の湯は熱く

こころも熱く

ふく良き 一会の一期

佐々木宗芯

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