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そぎ種煎餅「三友」

「三友」そぎ種煎餅 

こちらのそぎ種は私がデザインして六花亭さんに作っていただき、第一回、第二回応援茶会~Festival of world sports~で使用しているそぎ種煎餅となります。

三友には色々な意味がありますが、古今より変わらず続き、支え合う二人の友に私を入れた三友や私の家の庵号「三友庵」から、表千家、裏千家、武者小路千家の三千家など意味を含めています。

表千家・裏千家・武者小路千家には三家共通で有しているツボツボ紋があります。その形になるように考え、中央に友と書くことでツボツボが見えるようにしています。三友となるようにであります。また三千家の繁栄を願う意味も込めています。

他に三千家の友好を願うものに三友棚があります。

明治初年仲の悪かった三千家の融和のため大徳寺471世牧宗宗壽和尚は三千家に大徳寺境内の松と竹を用い棚を作らせました。表千家碌々斎は松の天板と地板、裏千家又玅斎は竹の二本柱、武者小路千家の一指斎は天板の木口に溢梅蒔絵を施しました。松竹梅を表し、三千家の末永い友好と繁栄を表し、牧宗和尚が「三友」と銘つけました。

また、三友には冬の厳しい寒さに耐える松竹梅とする厳寒三友、論語で交際して自分のためになる三種の友人を示す益者三友など色々な意味がございます。

「三友」そぎ種煎餅 断面

厳寒三友とは

では、松竹梅とは何を意味するのか分かりやすく記していきます。

松の本質的な美しさの現出には深雪がのしかかってこそ現れます。

松は深雪のような重みを感じつつも顔色変えずジッと来る時まで座します。

また、逆にその真価を世に表すには重み来るときまで待つことも求められます。

また、松に古今の色なしはその平等性を象徴しています。

昭和天皇の御製に「降り積もる深雪に耐えて色変えぬ松ぞ雄々しき人もかくあれ」

人は苦しいことや重いことは来ないでほしいと切に日々願います。しかしながら、人もそれを乗り越えてこそ、幸有り輝く道が見えてきます。そのような意味が昭和天皇の御製にはございます。

竹は寒中においても愚直に真っ直ぐと天まで高く伸び続けます。それはどこまでいくのか、地球の殻さえ破り宇宙までいく姿も見方を変えれば可能です。そしてその人の想像する竹の伸び具合は宇宙さえも竹は破ってくれます。

厳しき寒中でもへこたれず、雪さえ気にせず跳ね返し、真っ直ぐ、真っ直ぐと成長し続けます。

人も厳しき中でも愚直に真っ直ぐ成長することができます。厳しい中を乗り越えて一歩先に延びるからこそ、人は評価されるのです。

人の真っ直ぐな性格を竹の割ったようなと表現することがあります。これは竹は真っ直ぐ割れることを表していますが、反対に上手く割れねば使い物にならないとする意味もございます。

竹に上下の節ありは非平等を表しているとも言われます。差別歴然であります。

それは権威の象徴や師弟関係、先輩後輩等色々な事柄を表しているといえますが、先に先にと努力し続け、愚直に真っ直ぐに自己を知ろうとしている者には追い付けないとする意味があります。そして自己を知っている、多く知っているものと自分には差があることも暗示しています。この世に完全な平等などありません。やはり人により見ている世界は違います。そして、構成する要素も人それぞれです。

竹の下でみる者はその目線に同じ竹や地上の石が見えます。しかし、先に上にある竹が見えている世界は大空や宇宙かもしれません。それでも愚直に伸び続け山を見、空を見と変化していきます。

「松に古今の色なし 竹に上下の節あり」とあります。

有無の世界、古今、上下関係を表しているとされています。

生きていること、死ぬことは平等であるが、やはり構成する要素の違いがあり、差別は歴然と存在します。差別は人をみてするものではありません。自己の内に差別はあるのです。

梅は厳寒に耐えてこそ、一輪咲きます。梅の性格は寒さを経なければ開かない性質もございます。

西郷隆盛がイギリスに留学している甥に宛てた手紙の中に「雪に耐えて梅花麗し」とあります。厳しき中、雪に耐えてやっと梅花は美しい。人もそのようにとする意味があります。

また、海百雪に耐えて潔しとする言葉もあるように、梅は雪に耐えてこそ開きます。

梅は百花に先駆け春が訪れ、咲きます。

人も梅のように辛苦を感じつつも、その中で上手く生き残ることで誰よりも先駆け花開き、幸が生まれます。そのためには厳寒のような苦しみ、悩みが来てもへこたれ、しぼまず前と前へと進むのみです。その先にあるのは一輪でございます。

論語の益者三友とは

論語の益者三友にも少し触れます。

論語の益者三友は簡単に言うと「正しいと思うことは如何なる人にも直言する者、誰に対しても誠実な者、どんなことでも知っている博識な者」

論語「益者三友 直き友とし、誠を友とし、多聞を友とするは益なり」とあります。

しかし、見方を変え、自己の内に「正しきを知る博識さをもって、正しいと判断できることは如何なる人にも恐れず直言し、誰に対しても誠実な姿勢を崩さない」ことを求めるべきであります。

益三友とし自己の内に求める方が良きであります。

しかし、友人関係は多大に自分に影響を及ぼすため、この益者三友での判断も一定は可能であります。

「三友」のそぎ種を作っていただいた六花亭に。御礼合掌。

庵の三友 古今に変わらずお茶の色 実に栄えよ三老人に死来るまでも

佐々木宗芯

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