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「救」問答

一人の悩める青年と私、宗芯との問答を文学調でお話します。

以下。

頬にあたる涼風が心地よく、雀のさえずりが耳を通り、心が躍る晴れの日、ある志深き青年が庵を訪ねてきた。

「本日は突然の訪問をお許しください。私はある問題について、悩み絶えず、苦慮する毎日を送っております。思い立ってもいられず、ここを訪問した次第です。その問題とは「人を救う」というものです。いい年してこのような言葉を言うのも、お恥ずかしいのですが、お師匠様のお言葉をいただきたく存じます」

青年は深々とお辞儀をして、突然の訪問のお詫びの言葉を玄関先で述べた。

「ようこそ、おいでくださいました。ここでお話するのも、大変ですからね。どうぞお上がりください。まずはお茶でも一服いかがでしょうか」

すると青年は少しホッとした様子を見せた。

「ありがとうございます。いただきます」

と言いながら、茶室へと足を運んだ。

松の梢を吹く風のような、釜のシューシューとする音が静かな茶室を包み込んでいる。

釜の声のみが響く、静寂な中、私は点前を進め、彼にお茶を差し出した。

差し出されたお茶碗をしっかりと持ち、自分の席に戻っていった青年は静かにお茶を飲み始めました。

「美味しいです。気持ちが落ち着きました。ありがとうございます」

「それは、ようございました」

点前が終わり、茶室では、釜のシューとする声と炭のコチコチ、カチカチとする音のみが聴こえる。

しばらくの沈黙が続いたあと、青年は声を発する。

「本日参りましたのも、お師匠様に教えを乞うためです。不躾なお願いではありますが、私の話を聞いてください。お願いします」

と力強く言い放った。

「わかりました。お聞かせください」

すると青年は静かに語り出した。

「私は幼い頃より、この手で人を救えるようなかっこいい仕事をしたいと思っていました。人並みの学校にも通い、勉強をして、今日、その思いが身を結び、夢でもあった、お仕事にもついております。しかしながら、私の根底には「すべての人を救いたい」というものがあり、これがどうも上手くいきません。人を救うとは何か、救うとは何を意味するのか。と自分で考えても答えが出ないのです。そこで、古今東西の本を読み、自己啓発などの類も読みました。しかし、心は晴れるどころか雲ばかりが覆ってきます。考えれば、考えるほどわからなくなり、悩むばかりです。お師匠様、「救う」とは何なのですか。御教えください」

と青年は言った。

私は、静かに立ち上がると、水屋に置いてあった桶を取りにいった。

その桶を青年の前に置いて、こう言った。

「この桶の中の水を手ですくってください」

青年は?な顔を浮かべながらも、桶の中に手をいれてすくってみせた。

「すくいました」

私は青年の顔を見ながら、もう一度同じことを言った。

「この桶の中の水を手ですくってください」

青年は怪訝な面持ちで先ほどすくった水を桶に戻し、もう一度水をすくった。

「すくいました」

そこで、私は桶の中を覗き込みこう言った。

「残った桶の水はすくわないのですか。先程、せっかくすくった水も桶に戻してしまったようですが、それでよろしいのですか。今、手から零れ落ちている水は放っておいても大丈夫ですか。桶の水、すべてをすくうとなると大変なことですね。この桶の水を他の器に移すなら、すくい切ることは可能でしょうが、川や海の水、すべてをあなた一人の手で、すくおうとすると一生をかけても難しいでしょう。先程、貴方は「全てを救いたい」と言いました。桶の水ならいざ知らず、海や川の水、すべてをこの手ですくい切ることはできますか」

青年はハッ!とした顔になり、こう返してきた。

「無理です!そんなことはできません」

私は青年に微笑みを向け、こう言った。

「そう、無理なのです。すべてを救うことはできないのです。貴方の人を救いたいとする志はとても立派です。しかし、この桶の水、全てを手で掬い上げることが大変な以上に、人を一人救うことは桶の水を掬うことよりも大変で難しいのです。私から貴方に言えることは、人を救いたいとする立派な心はこの先も失わずに持ち続けてほしいということ。されど救いの道は困難な道と心得て、この道の先を只管に正しく進んでほしいのです。そして、自分の周りの人の幸せと笑顔を願って日々に努めてほしいのです。そこに貴方の、人々の救いはあるのではないかと思います。人に会ったらニコッと「おはよう」と挨拶する。些細なことにも「ありがとう」と伝える。礼儀正しく社会と交わり、家族を愛し、年長者を敬い、安んじて、友を想い、よく交わり、年少者にも敬意を払い、よく導く。それで、良いのです。貴方が普段やっていることを真面目にコツコツとしていればよろしいのです」

青年は何かに気づいた様子を見せると、深々と私にお辞儀をして、真っ直ぐな瞳でこう言い放った。

「お師匠様、ありがとうございます!目が覚めました。これほど以上に心を打ち、頭を打たれたかのような衝撃はありませんでした。なんとお礼を申し上げれば、いいのかわかりませんが、進むべき道がわかりました。やるべきことがわかりました。ありがとうございます。ありがとうございます」

と先程よりも恭しくお辞儀をして、青年は帰っていた。

以上。

私は願っています。

人のために尽くさんとする者、人を救わんと苦心する者が溢れる平和な世の中であり続けることを。

人や世のためを思い、日々を努めようとする者が報われる社会であることを。

隣を見て、妬み憎むのではなく、愛せるような世の中を。

そんな心豊かな日本であり続けてほしいのです。

心豊かであった、あの時代を忘れないでほしいのです。

私は、今日もお茶を点てます。

お茶の心が溢れる平和な世の中になるように。

日日にお茶を点て

人に供して 我も飲む 皆好日なり

佐々木宗芯

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